これはどんな撮影でも同じことだとは思いますが、被写体のことを理解しようとする気持が撮る側になければ「被写体は何も撮らせてはくれない」というのが僕の素直な実感なんです。
特に僕がいつも撮っているような野生動物は、人間が考えている以上に、こちらの心というものを見抜いてきますし、言葉だけの誤魔化しなんてことも通用しませんからね。本当に心と心との「真剣勝負」なんです。そこで相手がこちらを認めてくれたり、あるいは無視をしてくれたりすれば、もう一歩踏み込んだ状況でコミュニケーションが出来るようにもなりますが、逆に相手に呑まれたり、嫌悪感を与えてしまった途端、撮影どころではなくなります。そういった、とっさの真剣勝負では、やはり自分自身のモノゴトに対する見方や考え方が自然と出てしまうものです。
ですから日頃からの自然や野生動物に対しての「心構え」が重要になってくるんです。僕は、撮影する時、いつも被写体に対して「撮ってもイイですか?」と真摯な姿勢でのお願いから始めるのですが、これは、相手に対しての尊敬の気持と同時に、自分の自信も伝えるべきだという「心構え」からのものなんです。ある意味、これは人間同士でも大切なことなのかも知れませんね。

「あんなに近づいたりして怖くないですか?」とよく聞かれますが、実はあまり怖くないんですよね。
まったく怖くないと言うと、それは嘘になりますが、長年、野生動物たちと接して来て「間」と言いますか、その場の空気感を察知する能力のようなものが自然と磨かれたんだと思います。 その場のお互いの意識が生む快い緊張感が崩れなければ、相手が襲ってくる確率は低い、ということを経験的に知っていますから怖くないんですよ。それと「自分を観察する冷静な自分」の存在ですね。
ホッキョクグマを撮影していた時の話なんですが、雪上車に乗って撮影していたら、急にヌッと半身を窓から入れて来たんですよ。
相手にしてみれば軽い挨拶ぐらいの気持だったのかも知れませんが、前足が当っていれば大ケガものです。でも出された前足の爪を見ながら「ワァ、大きいなァ、僕の手より大きいかも」とか、もうひとりの自分が冷静に事態を観察しながらヒョイと体をずらしてよけさせてくれていました。きっと野生動物を撮り続けることで、彼らと同じような野性の感覚や身のこなしが自然と訓練されているのかも知れませんね。

僕がEシリーズを愛用しているのは、高い機動性と高品位なデジタル撮影を両立しているフォーサーズシステムだということが大きいですね。しかもレンズが銀塩カメラのように柔らかで自然な描写性を持っていますから、メイン機材をEシリーズに移行することに何の戸惑いもありませんでした。
フィールド写真家は、機材の使い勝手から生じる制限を撮影の限界には出来ません。こちらの都合などは絶対に聞いてはくれない野生動物や大自然が相手ですから、機材が大きくて絶好の撮影ポイントに行けないとか、三脚が立てられないのであきらめたとかは言えませんからね。その点、フォーサーズシステムは心強いです。
例えば、このZuiko Digital 300mmは、この大きさと重さで35mm判換算での600mmですからね。手持ち撮影が出来る超望遠の600mm、しかも朝夕の自然が一番美しい状態の光を有効に使えるF2.8という明るい開放値、まさにフォーサーズシステムならではです。画質の点も展覧会用の大伸ばしやカレンダーの印刷原稿でもまったく問題がないですから、とても助かっています。いまやフォーサーズシステムは、写真家としての僕をしっかりと支えてくれる「第三の僕」ですね。

1950年東京生まれ。
19歳のとき訪れたガラパゴス諸島に触発され、動物写真家としての道を歩み始める。 その美しく、想像力をかきたてる写真はナショナルジオグラフィック誌やネイチャー誌などに掲載され、全世界で高く評価されている動物写真の第一人者。
「海からの手紙」(朝日新聞社)で木村伊兵衛賞を受賞。
世界的なベストセラーとなっている「おきて」(小学館)など、数多くの写真集を発表している。

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